2017年10月09日

消えゆく文化


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秋晴れのさわやかな一日、モーターサイクル・ツーリングによる幸福感はたとえがたい喜びです。
バイクに乗らない人は何がそんなにおもしろいのか・・・と思われるでしょうねぇ。

私は少々古いバイクに乗っていますがこうしたアナログの機械の故障を直せる技術者の方々は確実に減少しているようです。トラブルにあった時に最小限のチェックでどこが不具合を起こしているのか推理し(ここが大事!)次々と手を打って行く手際の良さは見ていて感心してしまいます。
コンピューター診断をしてデータを書き換え、パーツは丸ごと交換、これは果たして「修理」なのでしょうか? もちろんそういう車ばかりになっていく時代の趨勢は理解できますが、ガソリンに火をつけ爆発させピストンを上下させてクランクを回して走る! ある意味、野蛮とも言えるこうした車やバイクが好きな人も少数派とはいえ確実に存在するのです。数年後にはこうした車の新車販売は禁止される方向であると新聞で読みましたが時代に取り残されていく古き良きクルマ文化も引き継がれないのか・・・と思うと何とも寂しくなってきます。
技術はその人の死と共に消えていってしまうのですよ。

怪獣(個人的には1969年まで)造型というごく一部の、しかも世代の限定された文化はガソリン車同様、継承される事なく、この頃のムーブメントをリアルタイムで接した世代の死(2050年前後でしょうか?)と共に消えていくのでしょう。
それでいいし、またそうあるべきだとも思います。

PCのデータで立体を起こすなどというバカな話にはついていけません。
粘土で手をぐちゃぐちゃにし、時にはナイフで指を血まみれにしながら、なぜ思うような形にならないのか、煩悶、苦闘して形になっていくものこそ本来素人であった我々が手作業によって作り上げてきたガレージ文化であり、生きている間は守らなければいけないものなのです。


posted by omantaworld at 22:58| Everyday Life | 更新情報をチェックする
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